芸人が田んぼに立つ理由。耕作放棄地から始まる、チキンナンゴー・山下さんの米づくりへの挑戦
宮崎県の住みます芸人として活動する、お笑いコンビ「チキンナンゴー」の山下翔大さん。芸人として地域の魅力を発信する一方、現在は耕作放棄地を活用した米づくりにも取り組んでいます。
昨年、小林市で初めて米づくりに挑戦し、収穫した約200キログラムの米はほどなく完売。今年は新富町、高鍋町、小林市、日南市の4地域へと栽培を広げています。
農業経験も農機もない中、一人で始めた米づくり。そこには、農地を借りる難しさや日々の管理、病害への対応など、実際に田んぼに立ったからこそ見えてきた課題がありました。
それでも続けるのは、自分で育てた米のおいしさを知り、「米の価値をもっと伝えたい」と感じたから。
米づくりを始めたきっかけや、新富町で生まれた地域とのつながり、そしてブランド米の立ち上げや海外展開まで。山下さんが描くこれからについて伺いました。
4地域で米づくり。やってみて初めて分かった農業の難しさ

──山下さんは、耕作放棄地を活用した米づくりに挑戦しているとのこと。宮崎のどの地域で行っているのですか?
新富町、高鍋町、小林市、日南市の4地域です。小林市は2年目で、それ以外は今年から始めました。日南市では早期米、それ以外では普通期米を育てています。
──芸人活動と両立しながら、どのくらいの頻度で田んぼに通っていますか?
それぞれ週1回くらいです。ただ、水管理は本来毎日必要なので、全部を自分一人で見るのは難しいですね。
──では、日々の管理はどうしているのでしょうか?
水管理は近くの農家さんに協力してもらっています。その分、僕は草刈りや運搬など、体力が必要な作業はできるだけ自分でやるようにしています。
本当に周りの人がいなかったら続けられないです。
──耕作放棄地ならではの大変さもあったりしますか?
あります。長く使われていなかった土地なので、水を入れても漏れたり、地面の凹凸で水深にむらができたりします。
だから正直、本当はしなくていい作業も、あえてやらないといけないことがありますね。
──もしかして、病気などのトラブルも…?
日南では「イモチ病」という、お米では一番かかっちゃいけない病気が出ました。僕も何も知らなかったので、「病気が出てます」って連絡をもらって調べたら、めちゃくちゃやばい病気で。
「あ、今年の日南のお米、終わったかも」って思いましたね(笑)。でも、すぐに薬を散布して対応したおかげで、今のところは抑えられています。まだ分からないことばかりなので、毎日勉強です。
──よかったですね…!米づくりで一番怖いことは何ですか?
やっぱり、ちゃんと収穫できないことです。暑さや台風など、自分ではどうにもできないことも多いです。
年に一度の収穫なので、失敗したら一年分が全部なくなる。その怖さはありますね。
始まりは、九州の住みます芸人による米づくり企画

──米づくりを始めたきっかけを教えてください。
最初は、熊本・鹿児島・宮崎の住みます芸人で一緒にお米を作って販売しよう、という企画でした。僕らが田んぼ探しを担当して、3か月ほどかけて作れる環境まで整えたんですが、採算が合わず企画は中止になったんです。
それでも「せっかくここまで準備したんだから、一回自分でやってみよう」と思って、自費で米づくりを始めました。
──それでも山下さんだけ続けたのはなぜですか?
せっかく田んぼも見つかって、作れるところまで来ていたので、「一回自分でやってみよう」と思ったんです。
どのくらいお金がかかって、どのくらい大変なのか、自分で経験してみたくて、全部自費で始めました。
──もともと農業に興味があったとか?
全然です(笑)。暑いし、大変そうだなと思っていましたし、自分が米を作る未来なんて全く想像していませんでした。
あの企画がなかったら、絶対に始めていなかったと思います。
──始める時、不安はありませんでしたか?
全部不安でした。でも、作ってみないと分からないことばかりなので。
「なんとかなるだろう」と、一旦先のことを考えずに始めました。
新規参入で見えた「米を作る環境づくり」の難しさ

──実際に始めて、一番大変だったことは何ですか?
作業そのものより、米を作れる環境を整えることですね。
農業経験がないと田んぼを借りにくいですし、僕は農機も持っていないので、機械を貸してくれる人や一緒に作業してくれる人も必要です。
──田んぼさえ見つかれば始められるわけではないんですね。
そうなんです。田んぼと、周りの協力者。この二つが揃わないと始められません。
逆に、そこさえ整えば、あとは自分が頑張ればいいだけなんですけどね(笑)。
──新富町では、どうやって田んぼを見つけたのでしょうか?

2月中旬ごろに新富町役場へ行って、「田んぼを探しています」と相談しました。
そこから新富町役場、農業委員会を通して農家さんを紹介していただいて、宮本恒一郎さんと出会いました。
──相談から実際に始めるまで、どのくらいの期間を要しましたか?
新富はかなり早かったですね。2月下旬に宮本さんと会って、4月初旬には作業を始めていました。
相談から2ヶ月弱くらいです。
──新富町では、なぜスムーズに進んだのでしょうか?
役場の職員さんが本当に親身になって探してくださって、宮本さんも「次はこれをしたらいい」とすぐ教えてくれるんです。
連絡もこまめに取れるので、初めて農業をする僕にとっては、そういう周りの環境がありがたかったです。
自分で作って初めて知った「米は全部同じじゃない」

──大変でも続けたいと思う理由は何ですか?
去年、小林市で作ったお米が本当においしかったんです。
食べた時に、「お米ってこんなに違うんだ」と初めて実感しました。
──昨年のお米はどのくらい販売したのでしょうか?
約200キログラムです。でも1ヶ月くらいでほとんどなくなりました。
11月ごろに収穫したのに、年明けには自分の分もなくなって、スーパーで買っていました(笑)。

──市販のお米と比べて感じた違いは?
香りが全然違いました。それまで僕自身も「お米なんて全部一緒」と思っていたんです。
でも新米と古米でも違いますし、土地や水でも変わる。そこから米を見る目が変わりました。
──米づくりを始めて、考え方が変わったことはありますか?
一番変わったのは、お米の価値ですね。自分で作ってみて、「お米ってこんなに味も香りも違うんだ」と初めて実感しました。
その一方で、肥料や燃料も高くなっていますし、耕作放棄地は特に手間がかかります。だからこそ、おいしさだけでなく、その価値もしっかり伝えながら販売していきたいと思っています。
耕作放棄地から生まれるブランド米「復穂米」

──今年は独自ブランドも立ち上げるそうですね。
はい。「復穂米」という名前で販売する予定です。
耕作放棄地の復興への思いを込めて、「復穂米」と名付けました。
──パッケージにもこだわっているのでしょうか?
インパクトを出したくて、黒をベースにしています。
ただ、包装にお金をかけすぎると消費者の負担になるので、名刺型のタグを使ってコストを抑える予定です。
タグには、僕たちが作ったお米の強みや、どんな思いで育てたのかを書いて、「こういうお米なんだ」と知ってもらえたらいいなと思っています。

──販売はどのように考えていますか?
まずは飲食店など、まとまった量を買っていただけるところを探しています。
道の駅などで500グラムや1合、2合のお試しサイズを販売することも考えています。
新富町のお米を、タイ・バンコクへ
──海外への展開も決まっているそうですね。
タイ・バンコクにある、日本人の方が運営するおにぎり屋「米米」で、新富町のお米を使ってもらうことが決まっています。
──お店の方も新富町に来られたと聞きましたが、、
田植えの時にオーナーさんと店長さんが来て、一緒に田植えをしました。
その様子も撮影して、お店で流してもらっています。

──実際に田植えをした時の反応はどうでしたか?
店長さんが「自分で植えると気持ちが違う。成長するのが楽しみ」と言ってくれました。
ただ米を届けるだけじゃなく、作る過程まで知ってもらうことが大事なんだと思います。
──海外に届けることで何を伝えたいですか?
「宮崎にもおいしいお米がある」と知ってもらいたいです。
宮崎のお米が海外のおにぎり屋でも使われている、ということ自体が新しい価値の発信になると思っています。
芸人だからこそできる、農業の伝え方

──芸人としての経験は、米づくりにも生きていますか?
多少名前を知ってもらっているので、初対面でも話を聞いてもらいやすい部分はあると思います。
でも一番大きいのは、発信力ですね。
──どんな発信を考えていますか?
TikTokやYouTubeで活動している芸人仲間や同期もいるので、動画で発信してもらえたらと思っています。
「面白い形で米を紹介できない?」と頼める仲間がいるのは、自分の強みですね。
──芸人ならではの伝え方も考えていますか?
例えば、米づくりの大変さを劇や漫才にするのも面白いと思っています。
難しい話でも、笑いやエンタメにすると興味を持ってもらいやすいですよね。
──子ども向けの取り組みにも興味があるそうですね。
漫才ワークショップもやってみたいです。
以前、子どもたちにボケを考えて発表してもらったことがあるんですが、表現力や自主性がすごく変わるんです。
新富町から、新しい米づくりのモデルを

──今後、新富町ではどんなことをしていきたいですか?
町長とも話していて、ほかにも耕作放棄地があれば、町と連携しながら米づくりや新しいプロジェクトができたらと思っています。
──耕作放棄地という課題について、地元の方からはどんな声がありますか?
地域の方からは、「草が生えて荒れているから何とかしてほしい」という声もあります。
実際、小林市で田んぼに戻した時も、「きれいになった」と喜んでもらえました。
──新規参入する人が増えるためには何が必要だと思いますか?
農地を使いたい人と、地域の農家さん、行政がうまくつながる仕組みが必要だと思います。
一人で全部探すのは難しいので、間をつないでくれる存在は大きいです。
──米づくりを通して、最終的に目指していることは?
まずは、自分の米を適正な価格で販売して、きちんと利益が出る形をつくりたいです。
そのうえで、農家さんにも「作って出荷するだけじゃなく、自分で販路をつくる選択肢もある」と伝わっていったらいいなと思っています。
芸人としての発信力と、地域の農業の力を掛け合わせて、新富町から新しい米づくりの形をつくれたら面白いですね。
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「とりあえずやってみよう」から始まった山下さんの米づくり。
現在は4つの地域で米を育てながら、芸人としての活動も続けています。話を聞けば聞くほど、その両立は決して簡単なことではないと感じました。
それでも、地域の方々の力を借りながら米づくりを続けられているのは、山下さんの人柄はもちろん、耕作放棄地や農業に真摯に向き合う姿を見て、「一緒にやりたい」「力になりたい」と思う人が周りにいるからなのだと思います。
自らの手で育て、自ら味わう。その経験を通してお米の価値に気づき、今度は自分の言葉で伝えていく。私自身、広報の仕事をする中で「伝えること」の大切さを感じるからこそ、芸人として培ってきた発信力や人とのつながりを生かして伝えていく山下さんの活動が、これからもっと多くの人に届いてほしいと思いました。

取材・執筆/酒井優里
