「うちのうなぎの良さは、お客さんが決める。」うなぎと共に50余年。中村養鰻場・中村哲郎さん
夏の食卓を彩る、うなぎ。
宮崎県はうなぎの生産量が全国第3位。実はうなぎの一大産地。
その中でも新富町は老舗で、産地としては50年を超える歴史があります。
そのひとつが、中村養鰻場です。
今回お話を伺ったのは、中村養鰻場の中村哲郎さん。
きっかけは、うなぎの「新仔(しんこ)」についてでした。
その年に採れたシラスウナギを育て、その年のうちに出荷する「新仔」。
その魅力を聞くつもりだった私ですが、話を聞けば聞くほど興味が湧いてきたのは、うなぎそのものよりも、中村さんの仕事への向き合い方でした。
「今年はあまり満足していない」
20年以上うなぎを育ててきた中村さんが、そう話します。
なぜ、満足していないのか。
中村さんにとって「いい仕事」とは何なのか。
うなぎの話から見えてきた、中村さんの仕事への思いを聞きました。

「新仔」って、どんなうなぎ?
「新仔」とは、その年に採れたシラスウナギ(うなぎの稚魚)を、その年のうちに出荷する若いうなぎのこと。
一般的なうなぎは約1年~1年半程度時間をかけ育てて出荷するものが多いのに比べ、新仔は約6~10か月程度と短い期間で育てています。特徴としては、身が柔らかく、肉厚なのが特徴です。
ただ、早く大きくすればいいというわけではありません。
うなぎはとてもデリケートな生き物。
わずかな環境の変化で餌を食べなくなることもあります。水温や水質、餌の量など、その時々の状態を見ながら育てていきます。
去年うまくいった方法が、今年もうまくいくとは限らないそうです。
毎日うなぎの様子を見ながら、その時にできることを考える。
それが、養鰻の仕事であり、さらに神経を使うのが新仔うなぎです。
ゴールは決まっている。でも、スタートは決まっていない。
新仔の養殖には、もうひとつ難しさがあります。
それは、育て始める日を自分たちでは決められないこと。
うなぎの赤ちゃんであるシラスウナギは、自然を相手に漁をして採捕します。
いつ、どれだけ採れるのかは、その年によって違います。
一方で、「土用の丑の日」というゴールは決まっています。
中村さんは、その状況をこう表現します。
「ゴールの日は決まってるけど、よーいどんのスタートの日は誰も決められない。業者によってバラバラなんです」
いつ始められるかわからない。でも、ゴールは決まっている。
限られた時間の中で、うなぎをしっかり育てていかなければなりません。
「期間が限られてるからね。いつ採れるかわからんシラスを養い始めて、土用の丑の日は決まってる」
その背景には、自然のタイミングと向き合いながら、日々判断を重ねる仕事がありました。

出荷は「旅立ち」のようなもの
大切に育てたうなぎを出荷するとき、中村さんはどんな気持ちになるのでしょうか。
そう尋ねると、少し考えてから答えてくれました。
「旅立ちみたいな感じ。自分が接してきたものが、自分の手から離れていく感覚と同じや」
少し寂しい。
でも、育て上げたという達成感もある。
そして、お客さんのもとへ届けられることが嬉しい。
育ててきたものを送り出す。
その瞬間は、うなぎを育てる仕事の中でも、特別な時間なのかもしれません。
「今年は、あんまり満足してない」
今年の新仔について聞くと、中村さんはこう話しました。
「今年は、あんまり満足してない。俺的にはね」
誰かに「悪い」と言われたわけではありません。
中村さん自身が、「もっとできたはず」と感じているのです。
「シーズンの途中でも、ここはもう少し良くできたなと思うことは日々あって。来年はこういうふうにしよう、そのためにどうなればいいかっていうのは、常に頭の中で考えている」
20年以上続けている仕事でも、「これで完成」ということはないそうです。
うまくいったことも、うまくいかなかったことも、次の年につなげていく。
うなぎを育てながら、自分の仕事も育て続けています。
「うちのうなぎの良さは、お客さんが決める」
中村さんが仕事をする上で、大切にしている考えがあります。
「うちのうなぎの良さは、お客さんが決める。自分は決めない」
自分が育てたものだからこそ、「いいものだ」と思いたくなる。
でも、その価値を決めるのは、食べる人です。
だから中村さんは、お客さんの声を聞きます。
料理人の話も聞きます。
時には、
「何が違うんですか?」
と、こちらから尋ねることもあるそうです。
自分の中だけで答えを決めない。
人の声を聞いて、考えて、また次の仕事につなげていく。
そこに、中村さんの仕事への誠実さがあります。

「仕事は、自分以外の誰かを満足させなくちゃ」
インタビューの中で、特に印象に残った言葉があります。
「仕事は自分以外の誰かを満足させなくちゃ」
食べた人に「おいしい」と思ってもらう。
料理人に「また使いたい」と思ってもらう。
そして、その価値に対してお金を払ってもらう。
「誰かに喜んでもらって、初めて仕事になる」と教えてもらいました。
だからこそ、自分の満足だけでは終わらせずに、その先にいる誰かがどう感じるのかを考える。
それが、中村さんにとっての「仕事」です。

「他の人に分からんでもいい。自分には分かるはず」
だけど、誰かに褒められるためだけに仕事をするわけではない。
誰かと比べるためでもない。
最後に自分自身が「やり切った」と思えるかどうか。
中村さんは、こう話します。
「後悔しないやり方をするには、それ以外は何でもないやろ。他の人に分からんでもいい。自分には分かるはず」
自分が納得できる仕事をする。そのために、毎日うなぎを見る。
「会いに行きたくなるようなものをつくりたい」
最後に、これからどんな仕事をしていきたいのかを聞きました。
「生産者に会いに行きたくなったり、話を聞きたくなったりするぐらいの商品、うなぎ、作品を出していければ、俺はもう満足」
この人が育てたうなぎを食べてみたい。
この人に会ってみたい。
そんなふうに思ってもらえるものをつくりたい。
20年以上うなぎと向き合ってきた中村さんが、今も追い続けているのは、そんな仕事なのかもしれません。

今日も、新富町の池で。
うなぎの「新仔」。
その一尾ができるまでには、自然のタイミングを待ち、限られた時間の中で育て上げる真剣勝負の日々があります。
毎日うなぎを見て、考える。
うまくいかなければ、また考える。
そして、出荷の日には、育ててきたうなぎを送り出す。
20年以上続けてきた仕事でも、中村さんは「今年は満足していない」と言います。
もっと良くできるはず。
来年はどうしよう。
その繰り返しが、中村さんの仕事をつくっています。
私たちが口にする一尾のうなぎ。
その向こう側には、生き物と向き合い、自分の仕事と向き合い続ける「まちの人」がいます。
今年の「新仔」を味わうとき。
その一尾を育てた中村さんのことも、少し思い浮かべてもらえたら嬉しいです。

