※本インタビューは2019年6月に実施されたものです。
人生でできることは本当に限られているから。
0.01歩でいい、とにかく何度もやってみよう
こゆ財団が目指す、幸せなまちづくり。その実現に向けて大切にしている4つの因子「やってみよう」「なんとかなる」「ありのままに」「ありがとう」は、慶應義塾大学大学院 前野隆司先生が示されているものです。多様な価値観が共生する「町」にとって、幸せとは何か、どんなふうに追い求めていくのかを前野先生にお聞きしました。
■プロフィール
前野隆司(まえの・たかし)
1984年、東京工業大学工学部機械工学科卒業。1986年、東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。同年、キヤノン株式会社入社。1993年、博士(工学)学位取得(東京工業大学)。1995年、慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て、2008年よりシステムデザイン・マネジメント研究科教授。この間、1990〜1992年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、2001年ハーバード大学Visiting Professor。
未来は自分たちの手で創っていくもの。
新しいことをやれば、新しい未来は創れます。
2018年4月に初めて宮崎県新富町を訪れた前野隆司先生。きっかけは「しあわせなまちづくり塾」と題した、こゆ財団主催の講座でした。 県内外の地域リーダーを中心に約30人が集まった会場では、幸せを学問として研究されている前野先生を講師として、幸せのメカニズムに関する講座を開催。前野先生が提唱されている「やってみよう」「なんとかなる」「ありのままに」「ありがとう」という幸福の4因子について、ワークショップを通じて楽しく学びました。
大好評だった講座は、それからも新富町で定期開催。2019年4月には宮崎市内でも開講したほか、6月には宮崎県では新富町が初開催となった「TEDxShintomi」にも登壇されるなど、幸せな町のつくりかたを新富町、そして宮崎に示し続けていただいています。
「新富町には何度も来ていますが、こゆ財団を中心とする一握りのメンバーが火をつけるところから始まった動きは、カフェが生まれたり、イベントに町の方が参加するなど、少しずつながら確実に活発化してきているな、という印象があります。特に毎月第3日曜に行われているこゆ朝市は感動しました。地域の方との関係がどうなるかと思っていたけど、ちゃんと人が集まってきている。まだまだ知られていないという課題はあると思いますが、しっかり伝わり始めているなという印象です」
これまでさまざまな地域に関わってきた前野先生。「小布施町(長野県)や海士町(島根県)、西粟倉村(岡山県)など、何十年も前から新しいことに取り組んで地域を動かしてきた姿を見てきました。やりかたはそれぞれですが、共通しているのは、まずは一部の人が活発に動いていること」と、新富町との共通点を口にします。
一方で、町とは多様な価値観を持つ人の集合体。幸せになることはみんなの願いとしてあっても、その方法や感じるスピード感には当然ながら個人差があり、地域に根付いた文化や風土も背景にあります。まちとして、みんなが幸せを感じるようになるのは何が必要なのでしょうか。
「財政難や少子高齢化といった、社会的な課題がありますよね。そうしたことに対する危機感から、こゆ財団をはじめとする地域づくりはスタートしていると思います。ただ、危機感もあっていいと思いますが、もう半分は未来像でありたい。私たちが新しい時代を作っていくんだ、という意思を持つことが大切なんじゃないかなと思いますね」
自己肯定感が低かろうが、目標を持てなかろうが
そのままでいいんです。それがスタートです。
例えば、経済的な豊かさを未来像に描いた結果、日本は高度成長期を経て物質的に豊かになりました。その一方で人材の都市部への流出は歯止めがかからず、地域は疲弊しています。今の危機感は、そうした過去から現在までの価値観にひもづくもの。前野先生はそれを踏まえた上で、次の未来像は自分たちがつくるんだという意思を持つのがいいよね、と提言します。
「未来は自分たちの手で創っていくもの。新しいことをやれば、新しい未来は創れます。かつての価値観でうまくいかなかったことを解決するだけではなく、新しい世界を創るという意思を持ちましょうと。しかもそれが、日本の小さな町で始まるのは面白いですよね。次の時代、次の文明の中心地になれる可能性だってあります。堂々と、これからは私たちがリーダーだ!と宣言したっていいじゃないですか」
新富町で感じるのは、そんな未来を創ることができるかもしれないという期待感だ、と前野先生は口にします。
「お茶にしてもライチにしても、これまで抱えてきた危機感よりも、新しい未来に踏み出している印象の方が強いですからね」と前野先生。こゆ財団には、幸福の4因子のひとつである「やってみよう」のスピリットが、少なからず浸透しているのかもしれません。
幸福の4因子には、ほかに「ありのままに」があります。ありのままに、自分らしくあるということなのですが、家庭から学校、会社、地域、国に至るさまざまな集団や組織の中で生きる私たちにとって、自分らしくありつづけるのは、簡単なことではないように思えます。
「ありのままに、というのは、本当の自分を見つけようということではなく、最初は、今のままでいいよということなんですね。自己肯定感が低かろうが、目標を持てなかろうが、それでいいよと。何かをやろうとか、なろうとかして苦しくなるのはそれこそ不幸です。成長したくない、ひきこもりたいということでも、それでいい。そのままでいいんです。これが幸せに向かうスタートです」
まずは今の自分を受け入れることから始めようという前野先生のメッセージ。これなら、誰でもできることだと思えます。
では、受け入れた後はどんなことが必要なのでしょうか。
前野先生は、そこでは「対話」が大切だと話します。
自分では自分の強みは見えにくいもの。地域のよさは住民には見えにくく、外から来た人のほうがよく気づくのと同じで、他人は自分の強みをよく知っているんですよ、と前野先生。「だから、なるべくいろんな人と話をしたいもの。家族だけではなく、友達からちょっとした知り合いまで、多様な人との対話を通じて見えてくる強みがあると思いますよ」
そして、「やってみよう」。いろんな人に聞いた自分の強みは本当に強みなのか、本当に自分が好きなことや得意なことは何なのかは、じっとしてウンウン考えているだけでは見つかりません。まずやってみることが大事だと前野先生は話します。
「やったことないけど、実は向いていることはたくさんあります。人生でできることは本当に限られていますから。ちょっとずつでいいから、何でも面白がりながらやってみることですよ。それでワクワクしたり、熱中できることがもし見つかったなら、それは向いているということです」
新富町でこゆ野菜カフェを営む永住美香さんにも触れながら、前野先生は続けます。
「みんな誰でも素晴らしいものを持っているのに、やってないからわからないんですよね。私は何の取り柄もないとか、やりたいこともない、普通だとかいう人がいますが、そんなことはないです。永住さんだってそうでした。最初に出会ったときは自信なさげに、自分に何ができるのかわからないといっていました。それが今はお父さんの育てた野菜を調理して“父が育てた最高の野菜を召し上がってください!”っていうんですよ。永住さん、本当にかっこよかった! 彼女は野菜の美味しさをとてもよく知っているのに、普通だと思っていたんです。できるかどうかわからないけど、やってみようとカフェを始めたからわかるようになったんですよ」
何はともあれ、やってみることが大事。それは大半の人が理解していることだと思います。それでもやはり失敗は怖いもの。頭でモヤモヤと考えているだけのことを、誰もが抱えているのではないでしょうか。
「人間は、基本的に保守的で、主観的な動物なんですよね。知らない道を進んで猛獣がいたらどうしよう…と考えていた原始時代と同じ。ところが私たちはもはや猛獣に襲われる心配はない。だからちょっとやってみようと。0.01歩でいいんですよ」
新しいことをやれば、新しい未来は創れると話す前野先生。その新しいことも、できるのに今までやれていないちょっとしたことでもいい、といいます。
わずか0.01歩、でもその0.01歩によって自分のできることがクリアになるのであれば、きっとワクワクするものになるでしょう。そして幸せな町とは、そんな0.01歩のチャレンジを重ねている人の集合体なのかもしれません。